心理安定策の根底となる安定的な基礎を定めるべきだ
2009.7.2 22:32 思考 -作業整理の追いつかない状況は改善できないのか。
正直、忙しすぎるのだけれど、もっと忙しくすることも工夫次第。割り当ての最適化を推進する必要がある。庶務関係の機能がほとんど崩壊している状況があるというのに、ほとんど毎日、追いかけられるように仕事が山積みになっている。いい加減にして、前へ進めるようにできないのか。
技術的に言えば、小生のやっていることなど、半分以上は無駄以外の何ものでもない。ただし、小生が田舎で生きることのできるのは、おそらくは無駄なことばかりする、小生を認めてもらった結果とも見るとき、決してすべては無駄と見るものでもない。仕事だけしたいなら、田舎から出て行けば良い。人生を歩むのに、田舎暮らしが小生には必要なんだ。
同時に、不安定な状況を許すことにもなるから、心理的負荷は大きい。いつも思うのは、固定的な概念。すなわち、稼働の根拠が適切に機能できるような流れ。常人でいうところの、家族とか。小生でいうところの、より完全なデータベース。淡々と、事務処理ができれば、仕事は稼働できる。
ついで言えば、当然、理性や心理というものは存在するので、技術的に誘導する方法は確立したい。心理のみでいうならば、ロボット的な知性をあてがっておけば問題ない。人のぬくもりが必要な場面もあろうが、大部分は制御しきっているから、残りの例外的な部分をいかに、より多くの動員数で対処できるのか。
いつだって、小生も人のこころを保っている。必要な場面で必要な作業資源が投下できない状況も多くあるけれど、需用と供給の均衡性が必ずしも人の手だけによるものであってはいけないし、固定的に誰かだけが呼応するような人的交流も望ましいわけでない。
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